第1回「3Dプリンタを知る」

講座内容
いろいろなプリンタを動作させる/デジタル工作機械/デルタプリンタの構造/デルタプリンタKitの仕様/3Dプリントまでのフロー

わくわく感満載!
これがFabLabというものなのか!

北仲BRICKレトロ感溢れる、みなとみらい線・馬車道駅2番出口から地上に出ると、そこは古き良き横浜をさらに感じられる街並み。ひっそり佇む『北仲BRICK』もそんな異空間を演出する歴史的建造物の一つである。煉瓦造りの外壁、重くて大きな扉、大理石をあしらった階段、そして縦長の古い窓枠からはみなとみらいの麗しい夜景が広がる。

第1回会場は、横浜市が進める文化芸術創造都市の拠点・ヨコハマ創造都市センター(YCC)の向かいにある北仲BRICK3階。ここにFab9の仕掛け人でもあった慶應義塾大学の田中浩也先生が率いる「慶應義塾大学ソーシャルファブリケーションラボ」がある。

学生さんの作品会場には学生さん達の作品やデジタル工作機器が所狭しと置かれ、カラフルな作品や材料、端材が雑多に置かれる。そして木製の長椅子(これも学生さん達の作品)の前に鎮座する部材がむき出しの工作機器。この工作機器こそが全6回の講座を通して参加者全員で作り上げる「デルタ型3Dプリンタ」なのだ。わくわく感が増幅してしまう。

目指すはシチズンエンジニア– 社会のために設計する –

会場風景魔法の機械という感覚はまったくありません。誰でも使えるものではないです。そういう認識でお願いします。

のっけから私たちの物見遊山的なわくわく感にクギを刺すのは、当ゼミの講師「合同会社SHC設計」の増田恒夫さん。増田さんは、一貫して医療機器、福祉機器の開発・設計に携わり、それこそ手書きのドラフタから二次元CAD、三次元CADを駆使してデジタルデータを使い倒してきたという。

私は先生ではありません。一設計者です。その立場から3Dプリンタの問題点がいろいろ分かってきたんです。

増田さんによると、市販のホビー用3Dプリンタでは、まだ欲しいものの1割くらいしか作れないのが現実で、失敗が非常に多いという。3Dプリンタにはいくつかのハードルがあり、これを一つずつクリアして確率を上げることが大切で、そのためにソフト、ハード、モデリングを知らないといけないと続けた。

仲間を集めたい– 設計者同士の合コン –

15社での共同研究
実際に3Dプリンタを製作し、プリントアウトしてものを作る、試作品を持ち帰る。それがゴールです。

今回のゼミの目玉は、実際に参加者自身が3Dプリンタを製作することにある。自ら3Dプリンタを組み立て、自ら3Dデータを加工してプリントアウトする。運転免許を取るのに、自ら車体をデザインし、車体を組み立てることから始める自動車学校などこの世にないが、今回のゼミはそのような構造のカリキュラムになっている。なんとエキサイティングな内容だろう!
ゼミの参加者は、企業の技術者、特に設計者を対象としており、精密板金金型、プラスティック成形射出、車体設備、建築、印刷、半導体、デザインなど、15社30人前後の多士済々が集結している。

こいつとは真心を込めて付き合わないとね– デルタ型3Dプリンタの特長 –

こいつはデジタルデータで動いているアナログマシンです(笑)。動きの特徴は斜めにスムーズに動くこと。速くて軽い。これがウリです。でもね私が離れると止まってしまう。近づくと動く。だから真心を交わして付き合っているんです(笑)

デルタとは、昔、地理の授業で「メソポタミアのデルタ地帯」などと聞いた記憶があるが、要は三角、構成要素が3つあることを意味する。デルタロボット自体は1980年にスイス人の先生が発明していたが、2007年に基本特許が切れたことにより、ロボットメーカはパラレルリンク構造を使った産業用ロボットの開発を進めることになった。2012年、アメリカ人がパラレルリンク方式を使った3Dプリンタを製作し、これが増田さんの琴線に触れることになったのである。
デルタ型3Dプリンタは、3つの支柱が縦に伸びる構造だ。支柱と連結する樹脂を噴出させるノズル部は、3つのモーターが常に作動することによりX.Y.Zの三方向に移動できる。「フィラメント」と呼ぶ、太さ1.75mmの樹脂は、ノズル部で温められて溶け出し、底部に据えられたプレート部で造形される。市販の3DプリンタにはX.Y.Zの各モーターが動作する工作機械の様な構造のものが多く、斜め方向に動く時に急に変な音がすることがあるようだが、デルタ型3Dプリンタは動作音が低く、精度が良く、高速で造形できるらしい。とにかく動き自体が滑らかで美しいのである。

材料のことを含めたプロジェクトが必要– 誰も指摘しないから言います –

私の周りには銅や金などを使ってアクセサリーを作りたいという人もいます。他にコンプレッサーを付けたり、絞り機構をつけたりね。私はやはり医療・福祉機器をやりたい。人間の膝下部分がそのままこのノズル下の空間に入るでしょ。ここがポイントです(笑)

デルタ型3Dプリンタの夢のような使い方を楽しげに語る増田さん。しかし話が材料のことに及ぶとシチズンエンジニアとしての立場で警鐘を鳴らした。

市場で販売されているフィラメント材料は組成がよく分からないんですよ。材料の素性が…。これは誰も指摘しない。だから材料のことを含めたプロジェクトが必要なんです。

増田さんはフィラメントをアマゾンで購入しているという。色はカラフルなので楽しげであるが、材料の素性が分からないとは困った話である。確かにカラフルな色をしたクッキーは見た目はわくわくするけどあまり口にはしたくないものだ。3Dプリンタの世界にはまだ未成熟な部分があることを知ることができた。

アタッチメントを差し込めばクリームでもチョコレートでも造形できますよ。ホットプレートを置いたらお好み焼きも焼けるかなと思うんです…。

敷居は高いですから– 次回から本格実践へ –

今回は、いつでも組み換え可能なキットを用意しています。だからネジが多いです(笑)。アルミなので穴も開けやすいです。改良しやすい構造です。

最後に組み立てる部材の概要を説明した増田さん。特に3Dプリンタの成否を決めるノズル部分には、英国製の優れた金属製品を使うという。ノズル全体が温まらないように送風用のファンを取り付け、ダイレクトにノズル先端部を冷ます構造にするという。なんだか非常に楽しみではないか、早く組み立てたいな。そんな気持ちが高ぶった時に増田さんは参加者に向かってこう言うのだった。

次回からは各自パソコンを持ってきてください。3D-CADやスライサーなど、講義で使うオープンソフトを何種類も指定しますのでダウンロードしてくるように。いいですか? 敷居は高いですよ(笑)

うへー、増田さん、そのラストパスきついっすよー。でも次回は、実際にフリーソフトや3D-CADを用いた設計、また、家電量販店での販売で話題になった統合ソフト「Cube」を使って、スライスソフトや操作用ソフトの意味を理解する内容だ。3Dデータをプリントアウトするまでの全体フローを学べる。早くその全容をつかみたい! ダウンロードがんばります!

モノとデータは等価値をもつ ~未来のシナリオ~

以前は製造データは製造するためだけに使用され、一般には開示されないものだった。製造データが開示される、もしくはネットで流通されるようになると、どこでも「モノ」が生産され、距離・時間の概念が大きく変わってくる。今3Dプリンタに注目が集まっているのはこの部分である。製造業だけでなく、流通やITなど生活全般に影響を与えることが予想できるのだ。増田さんは最後にこう締めくくった。

モノとデータは等価値をもつ、そんな時代です。むしろデータの方が価値が高い。データは更新できるし保存もできる。もはや製造しているだけでは厳しい。例えば、コンビニみたいなところに材料と出力装置があって、そこで部品が出来る。それを取りに行く。トラックは要らない。問屋も要らない。全てではないですがそういう流れになっている。3Dプリンタを怖がるのではなく、積極的に情報を集め、柔軟に対応していくことが重要です。ですから私たちは一歩進んで、3Dプリンタ自体を皆で作って使いませんか!? 一緒に考えましょう。そんな提案です。